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“私の大好きだったKおじさんとMおばさんのご夫婦へ”


今日、大好きだった親戚のおばさんが亡くなりました。



以前ブログにも書きましたが、私の半分は諏訪市にルーツがあります。

私の祖母(昨年亡くなりましたが)と母が諏訪市の出身です。

太平洋戦争(第二次世界大戦とも言います)が始まる1年前に祖父が

結核で他界しました。その当時のドサクサの状況の中で、親子2人で

生きていくのはかなり大変だったと想像がつきます。

そんな状況下で祖母と母に手を差し伸べてくれたのが、今日ブログで

書きたかったKおじさんとMおばさんのご夫婦です。

ご夫婦の家に間借りして、祖母は針仕事をして生計をたてました。

母が結婚するまでこの家にお世話になったとの事です。


私が一番好きな場所が、このご夫婦の家でした。温泉に入ったり、

御柱のお祭りの木遣り歌を教えてもらったり、お盆の花火を見に

行ったり、思い出がたくさんあります。

おじさんのところは子供が3人姉妹だったので、我が家の3人兄弟が

珍しくずいぶんかわいがってもらいました。




おじちゃん、おばちゃんへ

おじちゃん、おばちゃんが今日そちらに行きましたよ。久しぶりに

二人で過ごす時間ができましたね。


今、我が家があるのはお二人のお陰です。

感謝しております。

お二人には楽しい思い出をたくさんもらいました。そして、いろ

んな事を教えてもらいました。

あの時、お二人がつないでくれた縁を、残された者たちで大事に

していきます。

ゆっくりとお休みください。

本当にありがとうございました。

それから、うちのばあさんの話し相手にもなってください。

よろしくお願いします。

とてもとても寂しいですが、しばしのお別れです。

では、

 
                     三男坊より                   





“2回目のお花見”

桜が満開になったと言うのに足を捻ってしまい、松葉杖のお世話

になっているマウイパパです。その為に、お花見の時期を逸して

しまいました。(笑)

それでもと思い、医者の帰りに城山公園と言う所に行ってお弁当

を食べて来ました。

カメラを忘れたので携帯で撮った写真ですが、ご覧のとおりまだ

満開に近い状況でした。間に合って良かったです。


PH_760.jpg


娘も大喜びでした。


PH_758.jpg


最近の娘は、言葉を結構話すようになったので、会話ができる

ようになりました。

産まれて2回目のお花見はどうだったかな?

あと数日で、ありがたい事に健康に2歳の誕生日を迎えます。

我が家に産まれてきてくれた事に感謝です。

健康で明るく育っていってもらいたいと願います。

そして、いつも私たち家族を励まし応援して下さった友人・知人の

みなさんに感謝いたします。娘をかわいがって下さって本当にあり

がとうございます。

また、大きくなった娘の姿をみなさんに見せたいと思います。

この場をかりまして・・・・・・・・・


“感謝をする と言うこと”

子供を授かって、自分の中で変化が生じたと思うことが幾つかあります。

まぁ、環境が人間を変えると言いますが、劇的に周りの環境が変化した

事で、内面に変化が生じたのは事実です。

その内のひとつが「感謝をする」と言うことです。

昔から「一日の最後に何かひとつでいいから感謝することを思い出せ」

と両親に言われてきました。しかし、若さゆえだったのか、忙しかった

のか、そんな事は微塵も思わないで暮らしていました。それでも、人の

親ともなりますと、毎日毎日考えることも多くなり、それに伴って

感謝の念も出てきます。

本当に他愛も無いことですが、例えば

「子供を授かったことに」

「笑顔で一日過ごせたことに」

「マウイとキィウィが元気でお散歩に行けたことに」

「娘が楽しく一日過ごせたことに」

「家族が健康で一日過ごせたことに」

などなど、

小さなことでも、こんな風に感謝していると、何か気持ちが前向きに

なってきます。例えば、筋トレで体芯(インナーマッスル)を鍛えて

いるような感じでしょうか。心を強くする為の「筋トレ」かもしれま

せん。



PS:なんか、こんな事を書くと、やっぱり歳をとったなぁ~って気が

します。






“祝 大学合格”

毎年8月に遊びに来てくれる大学時代の友人の子供が大学に合格しました。

久しぶりに明るい話題をもたらしてくれました。

合格した子が2歳の時、白馬の別荘に皆で宿泊しました。はしゃぎ回った挙句、

テーブルの角におもいっきり頭をぶつけ、大きなタンコブができたんです。あの

時はみんな慌てました。夜中に大急ぎで緊急医を調べて連れて行った記憶が、

昨日のように思い出します。

そんな子が4月から晴れて大学生になります。

歳をとったなぁ っと実感させられる一日でもありました。

でも、よかったです。

合格おめでとう。

“あめ市「敵に塩を送る」”

この時期になりますと、糸魚川から松本市にかけての市町村で「あめ市」の祭りが

開催されます。

駿河の今川義元に塩を絶たれた武田信玄に対し、越後の上杉謙信が塩を送ったこと

に始まるお祭りです。いわゆる「敵に塩を送る」と言う古事で、塩がいつから飴に

代わったかは不明です。

私が育った安曇野市にもあめ市があり、中学生のときは神輿を担がされたものです。


あめ市があるとふと思い出す先生がいます。中学の時に歴史を担当されていたU先生

です。

あめ市で売る「福あめ」の中に「引喜あめ」というのがあります。私が一番好きなあ

めで、あめを何回も引くことで空気の層ができてサクサクの軽い食感になります。パ

イ生地のあめ版と考えてくださればわかると思います。これを作るのには職人が高温

のあめのかたまりを竿にかけ、人力で何度も何度も引いて作るのです。(今では当然

機械化されているでしょうが)

U先生はこの作業のやり方を冗談交じりに話してくれるのです。


「いいですか、職人さんがあめを竿にかけてから引くとき、あめが熱いのと気合をい

れるために手に“ペッ ペッ”とツバかけてこすってから引くんでですよ。引くたび

にそれをやるんです。引喜あめが旨いのは職人さんのツバと手垢が付いてるからなん

ですよ。よ~く覚えていてください。」


大体の生徒はここで「え~」とか「げ~」とか言うのですが、まぁ、明らかに冗談な

のが分かるので笑いで終わります。

私が歴史好きになったのも、このU先生の話が非常に面白かったからでした。上記の

調子で授業が始まります。どんどん授業に引き込まれていき、あっという間に1時間

が終わります。そんな授業をされていました。

一番印象に残っている事は、生徒が教科書などを忘れて先生にそれを伝えると

「先生の授業がつまらなくて印象が薄いから君たちは教科書を忘れてきたんだね。こ

れは、そんな授業をしている私の責任です。」

と言って、教科書の角で先生自身の頭をご自分で叩くのです。決して生徒を叱責する

ことはしませんでした。教師の鑑のような先生でした。今、ご健在かどうかは不明で

すが、こんな先生が沢山いたらといつも思います。


松本市の飴屋さんには、あめ市期間ではなくても引喜あめを売っていますので一度ご

賞味あれ。(注)どのお店も本文に書いたような「ツバと手垢」は付けていませんの

で・・・あしからず。
プロフィール

kiwipapa

Author:kiwipapa
皆さん、ようこそいらっしゃいました。
ゴールデンレトリーバーのマウイ&キィウィの事、世の中の事、・・・・・など書いているパパブログです。
ネパール語で「ゆっくり・ゆっくり」と言う意味のビスターリ・ビスターリの通り、ゆっくりいきますね~

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